言葉を論理的に使いこなす「論理力」は、言語コミュニケーションの基礎です。
「論理」と聞いて、「なんだか堅苦しい」「冷たそうなイメージ」「そんな理屈っぽい会話はしたくない」なんて反応する人もいます。
しかし、論理は言葉のルールです。駒の動かし方を知らなかったら将棋にならないのと同様、論理がめちゃめちゃでは言語コミュニケーションが成立しません。
サッカー選手がいきなりボールを抱えて走り出し、注意されても「堅苦しいことをいうな」「もっと感覚的でいいじゃないか」と文句を言っていたら、サッカーになりませんよね。
論理は言葉のルールの中でも、特に大事なルールです。万人が使うものなので、将棋やサッカーのルールよりは緩やかに運用されるし、退場も罰金もありませんが、それでも会話を会話として成り立たせている大事なルールです。
●どちらが論理的でしょうか
たとえば、次の2つの論理展開(三段論法)を比べてみて、どちらが論理的で、どちらが非論理的かわかりますか?
いずれも受講者の方が送ってくれた例を少しだけアレンジしたものです。
例1:
> 良い演奏をするためには、楽器の音が合っている必要がある。
> チューニングや調律をすることで、楽器の音が合う。
> だからチューニングや調律をした楽器は、良い演奏をすることができる。
例2:
> 良い声になると、歌が良くなる。
> ボイストレーニングを受けると、良い声になる。
> だからボイストレーニングを受けると、歌が良くなる。
実際の場面でこんなにくどい話し方や書き方はしませんが、「論理的な構造」を見てください。
例1も例2も、最終行は「だから」で始まっていますね。つまり「結論」になっているはずです。
しかし果たして、上2行の結論として、3行目が成立しているでしょうか。
●答え合わせ
答え合わせをしましょう。
例1……非論理的
例2……論理的
例1のほうは、なぜ3行目が論理的な結論にならないのでしょうか。
「良い演奏をするためには、楽器の音が合っている必要がある」が正しいとしても、「楽器の音が合ったからといって、良い演奏になるとは限らない」からです。
「良い演奏」の条件の一つが「音が合っている」なんですよね。ほかにも、「演奏技術が高い」「曲が良い」「会場の響きか良い」といった条件がありうる。
だから、「良い演奏をするためには、楽器の音が合っている必要がある」という前提から「楽器の音が合っていなかったら、良い演奏ではない」は正しいといえますが、「楽器の音が合っていれば、良い演奏になる」とはいえません。
このあたりの厳密な解釈も、近いうちにレッスンに出てきますからね。
「良い演奏をするためには、音が合っている必要がある」と「チューニングや調律をすることで、音が合う」の2つを正しい前提と認めたとしても、「だからチューニングや調律をした楽器なら、良い演奏をすることができる」とは言えません。
音楽をなさっている方なら、論理構造より、むしろ実体験で痛感しているかもしれませんね。
なのに、日常の会話ばかりでなく、文章でも例1のような論理展開がめずらしくありません。
> ギターのチューニング技術を学ぼう。
> 楽器の正確なチューニングは、良い演奏の必須条件だ。
> 最高のチューニング技術を身につけたら、キミも最高のギタリストだ!
こんな感じで語られると、なんとなく納得して、「チューニングができるようになったら、オレもあんな演奏ができるようになるのか〜」と期待してしまうかもしれない。
しかし、「最高の演奏のためには、チューニング技術が必要」は言えても、「チューニング技術があれば、最高の演奏ができる」は言えないはず。
今は論理のトレーニングとして、くどいくらいに言葉を費やして説明をしていますが、日常の会話では「省略」や「暗黙の了解」といった技を駆使して非論理の罠がサラッと忍び込んできます。
論理力を高めて、安定して確実な言語コミュニケーションができるようになりましょう。
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