2018年03月22日

トレーニング効果とリラックスの効能

●トレーニング効果には「余裕」が必要不可欠

受講者の方から、こんなメールをいただきました。

休日にメイフェアで、論理力アップのトレーニングをしていたそうです。


> 論理トレーニングしながらうとうとしていました。
> リラックスした分、明日からまたがんばれそうです。


いいですねえ。リラックスの効能と必要性をよくご存じですね。

がむしゃらにやるだけでは、うまくいかない。「成長の必要条件」を満たしていないからです。

話し方も文章の書き方も論理も歌も、すべて「トレーニング」です。

トレーニングには、共通点があります。「学習」のメカニズムに従って積み重ねになっていく、という共通点です。

あなたには技術と知識を身につけて、日常生活や仕事に活かしていただきたいので、「伸びる秘訣」として説明しておきましょう。

伸びる人には、「余裕」があります。伸び悩む人ほど、がんばっているのに「余裕」が無くパツパツに張りつめています。

成果を積み重ねて伸びていくためには、「余裕」が必要なのです。

つまり「リラックスタイム」です。

ゴムに喩えると、わかりやすいかもしれません。ゴムがパツパツに伸び切っている状態でずっとトレーニングをしていると、強度は高いのに、良い成果として積み重なるかというと、緩めたらヨレヨレになっている。

そういうゴムを見たことがあるでしょう。もう弾力性が失われている。

かといって、そのまま緩めなかったら、いつか切れてしまう。

そんな余裕のない状態では、やがていっぱいいっぱいになって、取り組みが破綻してしまいます。

筋肉も同じです。

負荷をかけて運動すると、疲労したり傷ついたりしますが、弛緩させておけば回復します。

負荷をかけている間ではなく、緩めている間に育つのです。

受験勉強もそうだったでしょう。受験業界ではもはや常識として、「学習した内容は休息や睡眠時に脳内で整理され、長期記憶となっていく」と考えられています。

つまり、寝ないで勉強しても、身につかない。

朝まで徹夜で勉強して、「寝たら忘れそうだから、寝ないでこのまま試験を受けよう」なんてがんばった経験があるかもしれませんが、不思議なくらいに成績が伸びなかったでしょう。

試験中に度忘れのごとく歯がゆく悔しい思いを何度も味わい、試験を終えてから、あるいは翌日になってから、なぜか急に思い出したりする。

学習の原理原則に従っていないから、思い通りにいかないのです。

がんばっているわりに成果が上がらないとしたら、成長のためのリラックスタイム(トランス)が足りていない可能性があります。

トレーニングをしている方のためにメイフェアを作ったのは、トレーニング効果を高めるためのティータイムが目的です。講座をおこなう会場なんか、どこでもいいのですから。

でも、トランス状態ともいえるリラックスには、それなりに場所を選びます。お茶会のような時間も、とってもイイですね。単なるダラダラではなく、上質なリラックスの時間になります。

だから、冒頭のメールを読んで「わかっているなあ」と思ったのです。

忙しいときほど、「余裕」を見直しましょう。

「トレーニングをして疲れたから休む」のではありません。「トレーニングのために休む」のです。

ティータイムは、「仕方なくトレーニングを中断する時間」ではありません。「トレーニング効果を積み重ねて、次のトレーニングへと続けるためのリラックスタイム」です。

本気でトレーニング効果を上げたいのであれば、「リラックスはセット」です。

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方教室
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本

posted by テノール齋藤 at 23:32| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月16日

論理力を高めるトレーニング

●「論理」はみんなのルール

言葉を論理的に使いこなす「論理力」は、言語コミュニケーションの基礎です。

「論理」と聞いて、「なんだか堅苦しい」「冷たそうなイメージ」「そんな理屈っぽい会話はしたくない」なんて反応する人もいます。

しかし、論理は言葉のルールです。駒の動かし方を知らなかったら将棋にならないのと同様、論理がめちゃめちゃでは言語コミュニケーションが成立しません。

サッカー選手がいきなりボールを抱えて走り出し、注意されても「堅苦しいことをいうな」「もっと感覚的でいいじゃないか」と文句を言っていたら、サッカーになりませんよね。

論理は言葉のルールの中でも、特に大事なルールです。万人が使うものなので、将棋やサッカーのルールよりは緩やかに運用されるし、退場も罰金もありませんが、それでも会話を会話として成り立たせている大事なルールです。



●どちらが論理的でしょうか

たとえば、次の2つの論理展開(三段論法)を比べてみて、どちらが論理的で、どちらが非論理的かわかりますか?

いずれも受講者の方が送ってくれた例を少しだけアレンジしたものです。


例1:
> 良い演奏をするためには、楽器の音が合っている必要がある。
> チューニングや調律をすることで、楽器の音が合う。
> だからチューニングや調律をした楽器は、良い演奏をすることができる。


例2:
> 良い声になると、歌が良くなる。
> ボイストレーニングを受けると、良い声になる。
> だからボイストレーニングを受けると、歌が良くなる。


実際の場面でこんなにくどい話し方や書き方はしませんが、「論理的な構造」を見てください。

例1も例2も、最終行は「だから」で始まっていますね。つまり「結論」になっているはずです。

しかし果たして、上2行の結論として、3行目が成立しているでしょうか。



●答え合わせ

答え合わせをしましょう。

例1……非論理的
例2……論理的

例1のほうは、なぜ3行目が論理的な結論にならないのでしょうか。

「良い演奏をするためには、楽器の音が合っている必要がある」が正しいとしても、「楽器の音が合ったからといって、良い演奏になるとは限らない」からです。

「良い演奏」の条件の一つが「音が合っている」なんですよね。ほかにも、「演奏技術が高い」「曲が良い」「会場の響きか良い」といった条件がありうる。

だから、「良い演奏をするためには、楽器の音が合っている必要がある」という前提から「楽器の音が合っていなかったら、良い演奏ではない」は正しいといえますが、「楽器の音が合っていれば、良い演奏になる」とはいえません。

このあたりの厳密な解釈も、近いうちにレッスンに出てきますからね。

「良い演奏をするためには、音が合っている必要がある」と「チューニングや調律をすることで、音が合う」の2つを正しい前提と認めたとしても、「だからチューニングや調律をした楽器なら、良い演奏をすることができる」とは言えません。

音楽をなさっている方なら、論理構造より、むしろ実体験で痛感しているかもしれませんね。

なのに、日常の会話ばかりでなく、文章でも例1のような論理展開がめずらしくありません。


> ギターのチューニング技術を学ぼう。
> 楽器の正確なチューニングは、良い演奏の必須条件だ。
> 最高のチューニング技術を身につけたら、キミも最高のギタリストだ!


こんな感じで語られると、なんとなく納得して、「チューニングができるようになったら、オレもあんな演奏ができるようになるのか〜」と期待してしまうかもしれない。

しかし、「最高の演奏のためには、チューニング技術が必要」は言えても、「チューニング技術があれば、最高の演奏ができる」は言えないはず。

今は論理のトレーニングとして、くどいくらいに言葉を費やして説明をしていますが、日常の会話では「省略」や「暗黙の了解」といった技を駆使して非論理の罠がサラッと忍び込んできます。

論理力を高めて、安定して確実な言語コミュニケーションができるようになりましょう。


「ことば学講座」で論理力アップのトレーニング
   ↓
http://wsi-net.org/kotoba.html (ことば学講座)

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方教室
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本


ラベル:論理的思考
posted by テノール齋藤 at 13:06| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月12日

【ことば学講座】間の効能を実感

●良い話し方のコツ──間の取り方

良い話し方の条件に「適切な間を入れる」があります。

「間の取り方」というと、「どのくらいの時間を置くか」を気にしますが、実は「間の濃淡」が重要なのでした。

しっかり復習して、濃淡の付け方をマスターしておいてください。

相手との良い距離間を維持することができます。

仲良くなりたい相手とは近めの距離で、そうでもない相手とは近すぎない距離で、つまり「心地よさを損なわない適切な距離感」を自然に保てるのです。

間の取り方レッスンを受けて練習した方から、報告メールが届きました。


> 先週その方と久しぶりにお会いしたので、声を張り大きめの声で
> 話しかけてみました。
> すると、ちょうどよい距離感で話せたうえ、
> いつも話が切れずに延々続くところを
> 短い時間で終わりにすることもできました。
>
> すごい効果です。間の濃淡をこれからも意識していきます。
> ありがとうございました。


よかったですね。

ほんの少しの工夫で、居心地の良さが保たれたでしょう。

とはいえ、頭で考えて話し方をコントロールしているうちは、まだ「最高に心地よい」というわけにはいきません。

「気を張って、心地よさを守っている」という、ある種の矛盾がある状態ですから。

意識しなくても、最適な話し方ができるのは、「体で覚える」レベルに至ってこそ。

何度も繰り返し練習することで、その境地が実現できます。

何でもそうですね。

練習しましょう。


* * *

「論理力」を手に入れるチャンスが「ことば学講座」です。
コミュニケーションが安定して深まる感覚を体験しましょう。
   ↓
http://wsi-net.org/kotoba.html (ことば学講座のお申込みはこちら)

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方教室
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本

ラベル:間の取り方
posted by テノール齋藤 at 21:48| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月23日

【ことば学講座】論理力が高まると気持ちいい会話になる

●「理由」を添えたら、伝わった

「ことば学講座」で論理力を高めるトレーニングをしています。

http://wsi-net.org/kotoba.html (ことば学講座)

以前に、職場で仕事に活かしたとの報告メールをご紹介しましたね。

話すときに「理由」を添えるようにしたら、おもしろいくらい伝わりやすくなった、という体験談でした。

特に「質問の意図」を添えると気持ちよく話してくれるのがわかった、というのは、うれしい収穫でしたね。


次のテーマは「質問」です。

論理力が高まると、「良い質問」ができるようになります。

良い質問とは、「言葉の重み」を見分けて、大事なポイントに関わることを尋ねる質問です。

だから、良い質問をするには「言葉の重み」を見分ける「論理力」が必要です。

たとえば、夏目漱石の『坊っちゃん』の冒頭があります。

> 親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分
> 学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。
> なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。
> 新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、
> いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。
> と囃したからである。

ここに対して、どんな質問ができるか。

・親譲りの親とは、父親ですか、母親ですか
・ほかにはどんな無鉄砲をしましたか
・二階の高さはどのくらいですか
・腰を抜かすと、具体的にどのようになりますか
・深い理由で二階から飛び降りるとしたら、どんな理由でしょうか
・新築とは正確には何ヶ月ぐらいですか
・同級生とは男の子ですか、女の子ですか
・なぜそれが本気ではなく冗談だと判断しましたか

こんなふうに、「とりあえず質問する」なら、いくらでもできます。

しかし、すべてが「良い質問」というわけではありません。

「相手の(あくまでも相手の)話のポイントは何か。伝えようとしていることは何か」を正確に把握し、そのポイントに関係する質問をするのが、良い質問です。

そうでない質問は、「的外れ」や「言いがかり」となり、時には「そんなことはどうでもいいでしょう」と怒らせてしまいます。

上の例で言えば、「親譲りの親って、父親? 母親?」「同級生って、男の子? 女の子?」あたりは、完全に的外れでしょう。

「よく聞いてくれた!」と気持ちいい会話が続きそうにはありません。

二階から飛び降りた話は、「自分がどれほど無鉄砲かを納得させるための例示」に過ぎないので、極端なことをいえば「細かい点でつじつまが合わなくても構わない」くらいです。

ここでの「良い質問」は、「無鉄砲」認定につながる質問でしょうね。答えを聞いて「うわ、そりゃ無鉄砲だ」となりそうな質問です。

たとえば、

・ちょっと囃されたからって、二階から飛んじゃうんですか?
・だったらほかにも無鉄砲をしているんじゃないですか?
・小学生で二階から飛ぶなんて、大きくなったら相当無茶していませんか?

こんな質問でしょうか。



●あえてポイントを外した「良い質問」も

かといって、すべての質問が「話の核心に関わる質問」である必要はありません。

それでは時に会話が重すぎてしまう。

あくまでも相手本位の姿勢を維持しているのであれば、ポイントから離れた質問も、「会話にとって有効な質問」となります。

たとえば、

・親譲りって、もしかしてあのお父さんのことですか?

のような質問ですね。

「親譲りと言われても、父親なのか母親なのかをはっきりさせてくれないと曖昧で気分が悪い」みたいな気持ちで聞くのは相手本位ではない「言いがかり」ですが、相手の父親と面識があって、「あの強烈なお父さんなら、わかる気がする」と寄り添って尋ねるなら、ポイントからは外れているとしても、良い質問といえるでしょう。

会話を「掘り下げる」のではなく「広げる」効果があります。

質問って、難しいですね。だからこそ、質問力で差がつきます。

論理トレーニングで質問力を鍛えましょう。
   ↓
http://wsi-net.org/kotoba.html (ことば学講座)

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方教室
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本

ラベル:論理 質問
posted by テノール齋藤 at 14:51| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月02日

【ことば学講座】論理力が高まると伝わる

●「理由」を添えたら、伝わった

「ことば学講座」で論理力を高めるトレーニングをしていますね。

http://wsi-net.org/kotoba.html (ことば学講座)

職場で仕事に活かしたとの報告メールをいただきました。


> 職場で、理由を添えるトレーニングをするようになって
> 気がついたことがあります。
>
> 今までくどいかな、と思って理由を省いていたことでも、
> 理由を添えると面白いように伝わることを実感しました。
>
> 特に、相手に質問するときに、なぜそれを聞くのかということを
> 言うようにしたら、相手に質問の意図がはっきり伝わって、
> 見当違いの回答をもらうことがなくなりました。


いいですねえ。効果を実感しましたね。

「理由」は論理の代表です。理由が明示されているだけで、論理構造がはっきりして、伝わりやすくなります。

自分の中ではわかりきっていることでも、相手にとっても同じとは限りません。

また、不思議な意識の働きなのですが、(自分ではなく)相手もわかりきっていることだとしても、理由を言葉で示されると反応が変わります。

ほんのちょっとした工夫で、コミュニケーションが気持ちよくなりますね。

かといって、付け方を誤ると「くどい」「そこまで言われなくてもわかる」「逃げ道を塞がれて追い詰められているように感じる」といったマイナス反応もあり得ますから、「何でもかんでも付けておけばいい」というわけにはいきません。

「論理」は理屈っぽくて冷たくて事務的なものというイメージもあるようですが、むしろ逆です。

相手が理解しやすいように、動きやすいように、ほかの人に伝えやすいように、再現しやすいように、気持ちよく受け取れるようにと言葉を組み立て、工夫するのが論理です。

見たことのない食べ物を差し出されて、「どうやって食べるんですか?」と尋ねたとき、次の2つの答えが返ってきました。

A:そんなの見てりゃわかるだろ。
B:ここの割れ目をこうやって縦に押すと、パキッと殻が割れるから、あとは爪で開いて中身を出したらいいんですよ。

どちらが論理的な説明で、相手本位の気持ちいいコミュニケーションか、よくわかりますね。

論理力を高めるトレーニングをしましょう。

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方レッスン
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本

posted by テノール齋藤 at 15:51| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

【ことば学講座】自分の思考を論理的に意識してみると……

●演繹的と帰納的

「演繹的、帰納的というのがよくわからない」と話していた受講者がいました。

詳しくは次回以降の「ことば学講座」で取り上げますが、ちょっとだけ追加でレッスンしておきましょう。

http://wsi-net.org/kotoba.html (ことば学講座)

演繹法や帰納法といった推論を、日常的に意識しながら生活している人はいないでしょう。

「論理的思考」のトレーニングとして、一時的でいいので意識してみると、なかなかおもしろい。

「演繹とか帰納とか、そんな理屈っぽい考え方はまったくしていない」と思い込んでいた人も、意識してみたら「ありとあらゆる思考が演繹的、帰納的だった……」と気づいて愕然とするかもしれません。

演繹的、帰納的思考を次々につなげて使っている自分にも気づくでしょう。

お正月に「今日は元日だから、あの店お休みじゃない?」「だよね、まさか元日からやらないよね」といった会話があったなら、「元日はお休み」という前提から出発して、「だからあの店もお休み」という推論をしたことになります。

「演繹的に考えて」なんて前置きをする人はいませんが、そういうことです。

これが「演繹的」です。

ところが実際に店の前を通りかかったら、営業していた。

「あれ、元日なのにやってる!」と驚いた。それを聞いた友人も、「そういえば思い出したけど、昨年の元日もこの店は営業していた気がする」。

すると、まだ「事実」は2例に過ぎないにもかかわらず、「この店は元日から営業」という結論を得る。

これが「帰納的」です。

「えぇ〜っ、こんなテキトーでいいの?」という声が聞こえてきそうですね。

営業している店をたった一軒見ただけで、しかもその店に関する友人の記憶だって確かかどうかわからないのに、前提を書き換えてしまっていいのか。

しかし、この程度の「納得感」で動いているのが実情でしょう。納得すれば、人は動けます。

それに、「元日はお休み(を疑ったほうがいい)」という多くの人が共有している前提を書き換えたわけではありません。あくまでも「この店」限定の結論です。

実際には、表面に出てこない推論もたくさんあります。たった2例から結論を導いたように見えますが、「同じ店が年によって元日営業をしたりしなかったりするケースは少ない」「利用客のことを考えれば、ある程度は規則的に営業日を決めているはず」「街中は元日も人手があるから営業する店が増えてきた」といった推論の材料が水面下で動いています。

このように、ガチガチに論理的でないにせよ、「納得感」のある論理的思考によって、「この店は元日は営業」という結論に至りました。

すると、翌年の元日には、「あの店は元日もやっているから、今日もきっと営業しているよ」「じゃあ行ってみようよ」となるかもしれません。

これは「演繹的」ですね。



●テキトーな中にも論理はある

「じゃあ行ってみようよ」「行こう行こう」と出かけてみたら、閉まっていた。

「あれ、おかしいね。元日も営業する店なのに」「う〜ん、今年から元日は休むことにしたのかな」と、早くも前提としていた「この店は元日は営業」が揺らぎだした。

あたりを見回すと、隣の店も、向かいの店も、閉まっている。

にわかに「元日はこのあたりはシーンとしている」という空気が強くなる。

「なんかこのへんみんな休みみたいだね」と、非常に曖昧でテキトーな推測を誰も反論せずに受け入れて、「駅のほうに行ってみようか」と話は進んでいく。

「なんか」「このへん」「みんな」「みたい」って、あらためてテキトー過ぎるにも程があるのに、平気で「だね〜」と会話が成り立ちますね。

そんな「納得感」でいいんですよね、日常の会話は。

テキトーながら、テキトーな中にもそれなりに論理はあります。

これまた不確実で数少ない材料から「帰納的」に、「この店は元日はお休み」という結論を出しました。

来年は、この結論を前提として演繹的に「行っても閉まってるよ、きっと」とほかの店を選ぶのか、それとも実際に行ってみて「あれ、今年はやってた」と帰納的な推論の材料を手に入れるのか。

このように、私たちは演繹的思考と帰納的思考を無意識のうちに使いまくっています。

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方レッスン
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本


posted by テノール齋藤 at 16:38| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

【ことば学講座】論理思考でレッスン効果が高まる

●文章から得られるレッスン効果が高まる

論理力の高い人ほど、レッスン効果が高まります。

なぜなら、このようなレッスンの文章を書くとき、論理的な構成にレッスン効果を持たせるように書いているからです。

今、ことば学講座では「論理力」を取り上げていますね。

http://wsi-net.org/kotoba.html (ことば学講座)

論理とは、言葉の「つながり」です。

言葉をつなげるには、一直線に並べるしかありません。

だから言葉は、「順番」が大事。言語音をどんな順番に並べるかによって、意味が変わります。

「こと」(事)の順番が逆になったら、「とこ」(床)になる。

「猫が鼠を捕まえる」と「鼠が猫を捕まえる」は、含まれている音(言葉)はまったく同じなのに、順番が違えばまるで違う出来事になる。

「好きになったからデートした」と「デートしたから好きになった」も、含まれている言葉は同じなのに、しかも出来事として両方ともありうるでしょうけれど、意味が違います。

音と音、言葉と言葉、出来事と出来事が関連付けられて「つながり」ができると、論理が生まれます。

言葉の持つパワーをフル活用するには、論理の働きを熟知するだけでなく、使いこなせるようになる必要があります。知るだけではなく、トレーニングによって技術として身につける、ということ。

論理力が高まると、こうしてレッスンの文章を読んだときの「レッスン効果」が高まるのです。

うれしい副産物ですね。

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方レッスン
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本

posted by テノール齋藤 at 04:26| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

【ことば学講座】一点集中の大切さ

●スマホが集中を妨げるケース

ある講師が嘆いていました。「講演会を聴きに来ている人たちが、昔ほど集中して聞いていない。何かあるとスマホを取り出していじるから、こちらの気が散る」と。

話を聞いていて、わからない言葉や不明な点、思い出したことがあると、話の最中でもスマホで検索して調べる人が増えているのだといいます。

調べもの自体は悪いことではありませんが、スマホやPCをいじって検索をしている間は、講師の話から意識がそれるんですよね。

「勉強に集中しているからこそ、気になったらすぐに調べたい」との主張もわかりますが、やはり「場における体験」は薄まってしまいます。

目の前のことに集中するのが一番です。

「耳は話を聞いている」と本人は思っていても、必ず聞き逃しがあります。そのせいで質疑応答の時間に(集中して聞いていればわかったはずの)質問をしたりして、まわりの受講者たちの時間を使ってしまうのももったいないし、失礼かもしれません。

講習会やセミナー中は電子機器の使用を禁止しているケースもあるそうです。以前は禁止などしなくても「その場に集中」するのが当然のマナーだったのが、時代が変わってきたということなのでしょうか。



●一点集中が一番お得

私たちの脳は、「一点集中」したときに最大の能力を発揮することがわかっています。

マルチタスクよりシングルタスク。一点への集中を一定時間持続できれば、たいていのことはできるという。

経験からもよくわかります。

いろんなことに興味があってあれこれ手を出す人より、狭い範囲で夢中になって取り組む人のほうが、高い能力を発揮して、優れた結果を出しているようです。

「目の前のこと」に意識を集中する力は、特に大事です。

幸い私の講座では、スマホやPCで検索を始める人はいませんが、見かけたら「今この場に意識を集中するのがお得ですよ」とお勧めするでしょう。

「一点集中」を気にしながら生活していますか?

気にしていないと、だんだんと「あれもこれも」と散漫になる気がします。

年齢を重ねるにつれて、「コレにエネルギーを注ぐ」「コレに時間を費やす」対象が少しずつ絞られてくるのは、使える時間やエネルギーが限られていればこそ、すごく良い状態です。

「私はもう年寄りだから、やりたいことをいろいろやりたい」という、まるで正反対のコメントも聞いたことがありますが、数年後に同じ方が「いろいろ手を出したりあれこれ気にしたりするのは、結局なんにもならない。残りの人生の無駄遣いとわかった」と悔やんでいました。

はたから見ていて「いろんなことをして充実している」ように見えても、ご本人の満足度は高くなかったようです。

確かに、一つのことに絞りに絞り込んで、持てるエネルギーを集中したほうが、クオリティが高まって満足度も向上します。

一点集中は、すべてに通じる原理原則ですね。

あなたのトレーニングへの集中度を、さらに高めてみましょう。

成果が上がりますよ。

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方レッスン
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本


posted by テノール齋藤 at 05:22| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

【ことば学講座】弱ったときこそ言葉の力が問われる

●壁に当たったときに実践できるようにトレーニング

ことば学講座の受講者から、こんなメールをいただきました。


> ことば学講座で聞いたことを本当の意味で理解するには、
> 壁に当たった時に学んだことをいかに実践できるか、ですね。
> 時間をかけて、身につけていきます。
>
> 発声と同じですね。
> 本当の意味で分かるのには時間がかかるし、実践でしか身につかない。


まったくそのとおりです。

調子のいいときは、誰でも適切な言葉の使い方、話し方ができます。

上機嫌のときは、気をつけなくても明るくカラッとした話し方になるから、あまり気にしなくてもいい。

講座で話を聞いているときは気持ちも盛り上がっているので、「なるほど、しっかりやるぞ!」「この言葉に気をつけよう」「間の取り方を明日からトレーニングするぞ」と前向きになりやすい。

しかし、問題は日常生活の中でネガティブ状況が生じた場面です。

失敗して落ち込んだり、仕事で壁にぶち当たったり、体調を崩したり、身内のことで不安になったり多忙になったり、不機嫌になったり叱られたりプレッシャーがかかったりしたときが、本番です。

そのときのために普段からトレーニングしている、といえます。

言葉のトレーニング、話し方のトレーニングは、単なる知識や技術ではなく、「思考パターンのトレーニング」だというのは、そういう理由です。

メールの終わりは、こう結ばれていました。


> 一生かけて学んでいきます。


すばらしい姿勢ですね。まさにそう、言葉のトレーニングは一生ものです。

じっくりと時間をかけて、質の高い技法をマスターしましょう。

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方レッスン
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本

ラベル:話し方
posted by テノール齋藤 at 15:11| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月07日

【ことば学講座】余裕があるから、楽しくなる

余裕のある人になれるレッスン、ことば学講座
   ↓
http://wsi-net.org/kotoba.htmlことば学講座



●余裕のある人は得をする

「余裕」はハンドルの“遊び”です。

ハンドルの遊びって、わかりますか? 車のハンドル(ステアリングホイール)をくるくる回すとタイヤの向きが変わりますが、小刻みにちょっと動かすだけではタイヤは動きません。

その幅が“遊び”です。

遊びがないと、運転が難しくなります。遊びを少なくしているレーシングカーは、ほんのわずかでもハンドル操作を誤れば、コースを外れて事故になります。

私たちがふだん運転しているような車は、必ずハンドルに遊びがあるからこそ、安定してまっすぐ走ることができる。

さしずめ「何かあっても動じない余裕」ですね。

カツカツでは、ちょっとした出来事ですぐに動揺する。

余裕があれば、いつも安定していられる。

余裕を手に入れるレッスンをしましょう。

今度の「ことば学講座」です。



●余裕が幸福度、満足度を決める

何かがあっても、すぐに動じたりせず、泰然と構えているのが、余裕。

その分「レスポンスが鈍い」ともいえるわけですが、だからこそネガティブな気分になりにくい。

ネガティブな気分は、つらいですね。

・イライラする
・自信がない
・寂しい
・なんとなく不安
・妬ましい

こんな気分は、周囲にも良い影響を与えないばかりか、なにより自分が一番つらい。

だから、「余裕」があるほうがいい。余裕があると得、余裕がないと損です。

「余裕」は大事な原理原則の中でも、「私たちの幸福度」に大きく影響する要素です。

今このテーマを「ことば学講座」で取り上げるのは、そういう理由です。

余裕があれば、毎日を快適に、楽に、気分よく過ごせます。だから周囲にも良い影響ばかり。

そんな人になれたら、いいですね。



●バラもユリも好き

英語に「latitude」という言葉があります。

北緯、南緯などの「緯度」を意味する言葉で、私は以前にこの商品名のパソコンを使っていたこともあります。

latitudeはもともと「幅」を意味するラテン語から来ていて、だから「余裕」の意味もあります。

余裕とはつまり、「幅」なんですね。自由度、許容範囲、ゆとりの「幅」。

「これじゃないとダメ」「これは許せない」が多いと、余裕がなくなります。

好みはあってもいいんですよ。「ネギが特に好き」なら、それもいい。

しかし、「下仁田ネギじゃないと許せない」になると、余裕がなくなってきます。

入り口の段階で、もっと広い範疇の段階で「選択」するのはいい。

「タバコは吸わない」「ギャンブルはやらない」みたいに選ぶのは、ストライクゾーンが狭くて余裕がないのとは違います。

大人としての美しい選択ですね。

世の中にはたくさんのことがあるのだから、何でもかんでもやる必要はない。

自ら積極的に、より良い時間の使い方を選んでいくのは、とっても大事なことです。

「これはしなくていい」と決めるのは、大人の潔さだなと思います。

でも、
「花は好きだけどバラに限る。ユリもランも嫌い」
「花束はうれしいけど、バラの花束じゃないなら要らない」
では、なんだかもったいない。

ありとあらゆる花を好む必要もないけれど、ある程度の幅があるほうが、余裕が感じられます。

私はバラもユリも好きです。

紅茶はダージリンもアッサムもキームンも好きです。



●共鳴発声法が「余裕」を生み出す理由

あなたが今マスターしようとしている共鳴発声法も、「余裕」と関係があります。

共鳴発声法は、パワーではなく共鳴のテクニックで声量アップし、届きやすい声質にして話す技術です。

パワーで押しきる方法ではないから、技術力の高さ次第で「がんばらずに、楽に、届く」声が出せる。

だから、騒がしい場所でも余裕でしゃべれるし、職場の朝礼当番も無理にがんばらなくていい。

まさに「余裕」ですね。

まして静かな喫茶店なら、ごくわずかなエネルギーで会話ができる。

会話が楽しめるのは、余裕があるからです。必死に声を張り上げないと会話にならないとしたら、そんな会話は楽しくない。

水泳もスキーも、楽しいと感じるのは、夢中の中にも余裕ができてから。

余裕があると、毎日が充実して楽しくなりますよ。



余裕のある人になれるレッスン、ことば学講座
   ↓
http://wsi-net.org/kotoba.html (ことば学講座)

* * *

新潟市で共鳴発声法の話し方レッスン
ウェブ:http://wsi-net.org/
メール:tenor.saito@gmail.com
子供向けの話し方教室、大宮校についてはこちら
通る声、届く声の出し方の本

posted by テノール齋藤 at 02:50| Comment(0) | ことば学講座 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする